大昔の常磐線の思い出

同じような方向の鉄道趣味を持っている人なら知ってるであろうおきらく娯楽工房でX0年前の時刻表というtwiteをあげまくっていて見まくってるわけですが、40年前の上野駅常磐線時刻表がアップされていて非常に感慨深いものがありました。

 

 

不動産広告などでは千代田線と表現されることもある緩行線の駅ではありますが沿線に住んで30年以上が経ちもうすぐ40年になります。

引っ越した当時は常磐線快速線を走る列車は本当に利用しづらかった。

取手以遠に行く列車は三河島南千住はもちろん今では信じられないでしょうが北千住も通過していました。考えてみれば東海道線もかなり時代が下がるまで川崎を通過していたので当時の中距離列車としては当たり前の停車駅選定だったのでしょう。

快速の本数も少なかったし間隔もばらばらで引っ越した後も滅多に快速には乗らなかったです。

その頃から緩行線は12分に1本運転で、つい数年前までそれが変わらなかったんですよね。

 

40年前の時刻表を見ると仙台行きの各駅停車があります。この列車、確か旧型客車を機関車、たぶんEF81が引っ張っていったんですよ。当時はもう北千住から江戸川橋梁までは高架化された近代的な路線になっていましたが、そこをドアを手で開ける旧型客車が爆走していました。

 

あとは夜行の青森行きの多いこと。ゆうづるが5分間隔で続行運転するのは圧巻ですね。そういえば松戸に引っ越した後しばらくの間も急行十和田はなぜか松戸に停車していました。風情があったなぁと懐かしく思い起こせます。

常磐線快速が変わったのはつくば万博がきっかけだったんじゃないかと思います。臨時とはいえ土浦までは頻繁に電車、列車が走るようになり、それによって利用者もその利便性になれてしまったというのがあるのではないかと。

とはいえ、今でも自家用車と電車の利用が拮抗していると感じているエリアなのでほかの地域に比べれば不便なのかもしれません。

 

昔はよかった、という感傷はありあますが、東京近郊圏内に限っていえば昔よりも格段に利便性が上がってるなぁとしみじみ思います。

 

逆に言うと昔は本当に不便だったんだなぁ。